Jun 17, 2009
アンチエイジングへの挑戦について
実際の年齢は時間の経過を表すすべての人に平等な時計のようなものかもしれませんが、外見の年齢はその人の生活習慣やストレス度によってかなりの違いが出てきます。アンチエイジングで、実年齢に関係のない青年を目指す人は、美しさと若さを保つことが目標になると思いますが、合理的な努力をすればアンチエイジングも不可能ではないでしょう。フォトフェイシャルは、美容外科医の話は、整形外科でもエステでも使用されている機器自体は同じだが、本来の医療行為なのでエステでは、高出力の照射があります。私は美容外科とエステと両方のフォトフェイシャルを体験したが、肌の弾力程度ならエステでも効果がありますが、シミそばかすには美容外科と効果がありません。
韓国の人気5人組グループ・BIGBANGが11日、大阪・中央区の大阪城ホールで全国ツアーの大阪公演を行い、メンバーが取材に応じた。東日本大震災を受け、韓国のファン約7500人から、訪日反対の署名が所属事務所に寄せられたが、「日本は安全だと伝えたい」というメンバーの強い意志で実現。“韓国代表”として日本を訪れ、身をもって不安を払しょくした。
韓国の人気NO1グループが、震災からの復興支援を約束した。日本ツアー2日目となるこの日、メンバーがライブ前に取材に対応。リーダーのG―DRAGON(22)は「避難所にいらっしゃる方から手紙をもらったり、つらい生活をしているのも聞いた。時間とチャンスがあれば被災地にも行きたい」と宣言した。
震災後、福島第1原子力発電所の事故に伴う風評で、韓国から日本を訪れる観光客が激減。ニュース報道でも日本への不安は強い。BIGBANGは韓国の宝とあって、地元ファンからは日本公演の無期延期を要望する7500もの署名が寄せられていた。
だが、メンバーは「約束を守りたい」と、予定通りツアーを敢行。2日に来日し、6日には所属事務所のホームページの動画を通じて「日本は安全、異常ありません」とメッセージを寄せた。韓国のアーティストがアリーナクラスの大規模ライブを行うのは、震災後初めてだ。
「いいエネルギーと希望のメッセージを伝えたい」。ツアータイトルは当初の「LOVE&PAIN(痛み)」から「LOVE&HOPE」に変更。ステージではV.Iが「元気でっか! 韓国からここに来るまで、いろいろ大変でしたが、コンサートをするという約束を守るためにここに来ました。毎度おおきに!」と猛練習?した関西弁を交えあいさつするなど終始笑顔。新曲「TONIGHT」から日本デビュー曲「MY HEAVEN」までステージを駆け回り、全24曲を熱唱した。
G―DRAGONは母国に向けても「自分たちが日本にいることで、安全だと思ってほしい。ニュースをみるだけではなくて、直接確認しにくるのもいい」とメッセージ。「近い国だし、一緒に力を合わせて復興への道を歩んでいきたい」と誓った。
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俳優・渡哲也(69)が11日、東京・調布の事務所で、石原プロモーションの社長を返上したことを明かした。3月31日付で、代表取締役社長を辞任し、今後は所属俳優として役者業に専念する。経営は故・石原裕次郎さんの妻で同プロの会長の石原まき子さん(77)が行う。また、創立50年を迎える2013年には同プロ製作の映画「黒部の太陽」(1968年)、「栄光への5000キロ」(69年)が初DVD化されることも明らかになった。
渡は落ち着いた口調で、言葉を選びながら説明した。「社長を辞任し、まき子さんに(代表権を)お返しすることになりました」。3月31日付で、一所属俳優になり、まき子さんに代表権を返上したことを明かした。
石原プロには俳優の舘ひろし(61)、神田正輝(60)をはじめ、小林正彦専務(75)ら取締役が6人いた。3月20日の取締役会で、まき子さん以外の5人が任期満了で辞任、同28日の株主総会で了承された。満場一致だったという。舘と神田も所属俳優という身になった。
偉大すぎる先輩、裕次郎さんの後を引き継ぎ、社長に就任したのは87年10月16日だった。09年7月5日に営まれた裕次郎さんの二十三回忌ファン感謝の集いで区切りをつけるつもりだった。
その直前、石原邸を訪ね、まき子さんに辞表を見せて、裕次郎さんの仏壇に供えた。「石原まき子さんからお預かりしている会社ですから。私たちは老いるわけですので、どっかでケジメをつけないといけない。経済状態のいい時にお返ししようと思いました」
92年に直腸がんを患い、健康面が万全でないことだけでなく、裕次郎さんへの尊敬の念もあった。裕次郎さんが社長を務めた24年を超えるわけにはいかないという思いも強かったという。
辞任の時期が伸びたのは業務上の理由。発表も震災などの影響で遅れた。「正直、ホッとしたということでしょうか」と感想を述べたが、無念もあった。裕次郎さんが願った映画製作は何十本とオファーを受けたが、実現できなかった。「失敗したら裕次郎さんの顔に泥を塗ることになる。悔しいですが、乗れる企画に出会わなかったということでしょうか」
今後は原点に戻って精進する。現在、いくつかの話が来ている。「俳優として身の丈にあった役柄を演じていきたいと思います」と役者・渡哲也として決意を新たにした。
◆石原プロモーション 1963年1月16日に石原裕次郎が設立した芸能プロダクション。映画やドラマの製作も手掛けた。映画「黒部の太陽」やドラマ「太陽にほえろ!」「西部警察」がヒット。現在の所属俳優は渡哲也、舘ひろし、神田正輝、徳重聡、池田努、宮下裕治、金児憲史。
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