Mar 16, 2010

アンチエイジングとシワについて

アンチエイジングは、加齢によって老化に少しでも抵抗して美しさをいつまで続ける必要があります。特に、シミやしわは、年齢に応じて増やすこともあります。アンチエイジングは、シワやシミの原因を理解し、改善することもあります。しわにはいろいろな種類があります。シワ対策も重要なアンチエイジングです。
フォトフェイシャルは、美容外科医の話は、整形外科でもエステでも使用されている機器自体は同じだが、本来の医療行為なのでエステでは、高出力の照射があります。私は美容外科とエステと両方のフォトフェイシャルを体験したが、肌の弾力程度ならエステでも効果がありますが、シミそばかすには美容外科と効果がありません。
 ■性別不明の遺体 やせ細る牛…

 真っ白な防護服に身を包んだ約300人の警察官らが、がれきの山に向かった。福島第1原発から7キロ地点。避難指示区域で、これまで本格的に捜索できなかった福島県浪江町請戸(うけど)地区に14日、福島県警が入った。行方不明者の一斉捜索に同行した。(中川真)

 「ご遺体発見。傷んだ状態で性別不明」

 重機を使わず、警察官たちは丁寧にがれきを取り除きながら捜索を続ける。現場近くに設置された指揮所に無線交信が響く。部屋探し

 捜索は請戸漁港の西約1キロの請戸川周辺で午前10時から行われた。震災前は水田や住宅が広がる静かな集落だったが、津波で流されてきたとみられる2階建ての住宅に別のがれきが何層にも重なり、以前の姿は想像できない。

 若い警察官が、がれきの中から見つけた1冊のアルバムを道ばたに無言で置いた。開くと、赤いちゃんちゃんこを着た女の赤ちゃんを笑顔で抱く家族のスナップがあった。写真の横には「昭和60年 初めてのお正月。」の文字。アルバムにはほかにも鍋を囲んだり、遊園地の乗り物で遊んだりと楽しい様子の写真が並ぶ。

 別の場所には、男の子のものとみられるランドセルも。持ち上げると、水を吸って、ずしりと重かった。

 捜索で見つかる遺体や遺留品は、放射性物質(放射能)に汚染されている恐れがあり、警察官が測定器で放射線量を確かめながら収容する。汚染が進んだ遺体は水で除染し、家族の元に返すという。

 この後、海に近い請戸橋付近へ移動。橋の下には、住民が放したとみられる数頭のやせ細った牛が河原を走り回り、川の水を飲むなどしていた。

 押し流された漁船やがれきのはるか向こうに、福島第1原発の煙突と建屋がうっすらと見える。アパート経営漁港のそばには新鮮な磯料理を出す料理店が何軒もあったが、津波で流されて見る影もない。

 捜索の陣頭指揮をとった松本光弘・福島県警本部長は「ようやくここまで来られた。大切な人や財産を失った方々の痛みを、同じ福島県民として痛感している。安全を確保しながら捜索を進めたい」と述べた。14日の捜索では、10人の遺体を発見した。

 この日は好天。請戸川上流の土手では暖かい日差しを受け、桜が咲いていた。JR浪江駅周辺は地震で切れた電線が垂れ下がったり、信号機が折れ曲がったりしたまま。そこでは時間が止まっていた。

【関連記事】
福島県から避難の子供「放射線がうつる」とからかわれ転入断念
福島第1原発10キロ圏内、初の本格捜索に同行
「原子力は重要な地位占める」南ア加わりBRICS首脳会議
住めない発言を野党が批判「軽はずみ」「とんちんかん」
3月の外国人旅行者半減…過去最大の落ち込み
震災に“便乗”した詐欺事件が急増 悪徳業者見抜く目を


【ゆうゆうLife】病と生きる

 作家の神渡良平さんは38歳のとき、脳梗塞で倒れた。一時、半身不随となり自暴自棄になりかけた神渡さんを勇気づけたのは、先人の言葉だった。その後、必死のリハビリで回復し、43歳で作家デビュー。どん底からはい上がった経験から、闘病生活が人生における「気付きの出発点だった」と振り返る。(文 森本昌彦)

 38歳のとき、会社に出かけようと朝、ネクタイを締めて準備していると頭に痛みが走り、体がしびれ、倒れてしまったんです。HomeClip

 救急車で病院に運ばれ、目が覚めたのは3日ほどたった後でした。気が付いたら、右手、右足が動かない。医師が言うには「左側の脳の血栓が詰まったため、右半身がやられました。これからリハビリをして回復を図りたいと思いますが、うまくいかないときは車椅子の生活となりますので覚悟しておいてください」とのことでした。

 本当なら「命が助かった」と喜べばよかったんでしょうが、社会復帰できないようなことを言われ、泡を食ってしまったわけです。そんな、にっちもさっちもいかなくなったとき、高校時代に出合った安岡正篤(まさひろ)先生の本をもう一度読んだんです。

  《安岡正篤(1898〜1983年)は陽明学者として活躍し、戦後は歴代首相から師として仰がれた。「平成」の元号を考案したといわれる。神渡さんが闘病中に読んだ安岡正篤の著書では、論語について触れられていたという》

 論語の中で、自分に自信を持てない冉求(ぜんきゅう)という青年を孔子が諭される話の最後に「汝(なんじ)画(かぎ)れり」という言葉がありました。孔子は「お前は自分で自分を見限っている。天はお前の良さも悪さも分かったうえで、お前という素材を使いながら何かをしようとされているのに、お前が自分を見限って殻に閉じ籠もったとしたら、天はみすみすチャンスを失ってしまうのではないか。もう一度考え直せ」とおっしゃるんですよね。

 その言葉が私の胸に突き刺さったんです。私も「これで車椅子生活だ」「社会的人生は終わった」と、半分人生を投げ出しかかっていた部分がありましたから、殻に閉じ籠もっていた冉求と自分が重なっていったんです。トランクルームそれだけに孔子が私に対して、「汝画れり」とおっしゃっているような感じがしたんです。

 この一節を読み、「今度のことは一見悲劇的なことではあるけれども、こういう状態に置かれなければ、私の目が覚めないためにあえてこういう状態に置かれたんだ。この状態の中で磨きをかけて、道を開かせようとしてくださっているんだ」と思いました。それまで形としてリハビリはしていましたが、心が入っていませんでした。論語の言葉で心の姿勢が転換して前向きになったとき、リハビリが非常に効果を上げたわけです。

 じれったかったリハビリの時期も、大切なことを教えてくれました。それは「人生はたった一回しかない。だから取りこぼしちゃならないんだ。取りこぼさないためには先人たちがつかんだものをしっかりとつかんで、自分の人生に生かさないといけない」ということです。リハビリは肉体的な回復のための努力であったと同時に、精神的な大きな気付きを与えました。

  《入院は約1年。その間に職も失ったが、目を見開かせてくれた安岡正篤の伝記を書きたいと考え、退院後4年半をかけ、『安岡正篤の世界』を執筆。その本が作家としてのデビュー作となり、その後も精力的に作品を発表し続けている》

 確かに病気は肉体的にはつらい出来事なんですが、それは「気付きの出発点」でもあるわけです。その意味で、私は「よくぞ、脳梗塞で倒れてやる気になったな」と感謝しているんです。リフォーム

【プロフィル】神渡良平

 かみわたり・りょうへい 昭和23年、鹿児島県生まれ。九州大学医学部中退後、さまざまな職業を経験。脳梗塞による闘病生活を経て、平成3年に『安岡正篤の世界』(同信社)で作家デビュー。主な著書に『下坐に生きる』(致知出版社)などがあり、今年2月には『孤独になる前に読んでおきたい10の物語』(講談社)が発売された。

【関連記事】
がん治療前後にリハビリ 手術に備え体力向上
病と生きる 白取春彦さん ニーチェの至言に救い
膵臓がんで失った弟 「ヤツがそばにいて、会話している」
看護師の裁量拡大 細やかな処置 患者の要望も反映
C型肝炎を15年以上放置… 今なら言える「早く検査を」 オール巨人さん
震災に“便乗”した詐欺事件が急増 悪徳業者見抜く目を


WriteBacks
TrackBack ping me at
Post a comment

writeback message: Ready to post a comment.